スポーツ用タイム計測装置で世界シェア70%
 ニッチで高難易度の技術に特化し世界的大企業に製品をOEM提供      FEDECO  ファースト電子開発株式会社
大量生産から多品種・少量生産へ。競合が選ばない道をあえて選択する
 独立後、最初に開発したアマチュア無線機用の装置がヒット。順調な滑り出しに見えた経営だが、10年目を迎えるころに伊藤氏はある壁にぶつかる。このときに下した決断が、今につながる原点になった。
 「製品を出して3カ月もしないうちに、コピー品が出回るようになったんです。しかし、当社のような町工場には訴訟に持ち込む体力はありません。また、大量生産品は小売りから価格交渉を受けることも多く、自社で主導権を持てない。これはもう、たくさん売れるものはやめようと。誰もマネしないようなニッチな分野で、技術的に難易度が高いものに特化しようと決めたんです」
 自社の価値を高めるには、何で勝負をするのか、自社の強みを自覚する必要がある。ニッチな分野に特化するという決断に加えて、伊藤氏はもう1つのことを意識していた。
 「製造企業は大きく2つに分かれます。1つは製作型メーカー、もう1つは開発型メーカー。前者は、与えられた仕様や図面に従ってモノを作る企業。中小企業の大多数は製作型で、"この加工はここしかできない"と、認められる企業も多くあります。一方、製品の企画から製造まで一貫してできるのが開発型。特定の技術を競うのではなく、"技術力+アイデア"で勝負する企業です。独立後すぐに無線装置を自社開発したこともあり、当社は開発型でずっときたんです」
 製作型ではなく、開発型メーカーとして。大量生産から多品種・少量生産へ。自社のポジションを明確にしたことで、同社の快進撃は始まった。1989年には、ヨーロッパスキー連盟が公募した世界規模でのコンペに、同社が技術協力したタグ・ホイヤー社が勝利。ワールドカップなどの世界競技に、同社の無線技術が採用されることになった。2004年には、宇宙航空研究開発機構(JAXA)から人工衛星の通信装置開発を単独受注。そのほか、本田技研やNECなど、取引先には名だたる大企業が並ぶ。
 開発力の50%は技術、50%はセンス。基礎を幅広く磨き、水平思考力を養う
 しかし世の中に目を向ければ、自社のポジションを打ち出しても活路を見いだせずに終わる企業もある。同社が世界的に認められるまでになった背景には、伊藤氏の明確な方針に基づく、たゆまぬ努力があった。
 まず伊藤氏は、開発力を「50%は技術、50%がセンス」と定義づける。
 「技術力」の解釈はこうだ。「電子技術の基礎を幅広く持つことが、当社の特長。基礎がしっかりしていればできることは多くあります。スポーツ用計時装置も人工衛星の通信装置も、基礎を応用したもの。それほど難しい技術ではありません。では、なぜ当社にしかできなかったのか。今は、専門性を求めて、技術者の担当分野が細分化される傾向があるんですね。しかも最先端の技術ばかりが注目され、基礎がおろそかになっている。それが一因ではないでしょうか」
 例えば、大手企業なら各技術の専門家が10人集まらなければ必要な分野がそろわないようなプロジェクトも、「当社なら1人でカバーできる」という。「ただし、そのためには人の2倍、3倍の勉強が不可欠です。開発に必要な技術の9割までは基礎技術でまかなえますが、残り1割は最先端の知識や技術が求められる。だから日々、猛勉強です。そうして得た先端技術が、やがてわれわれの基礎技術に組み込まれ、土台がさらに厚くなる。その積み重ねを続けてきたことが、当社の強みです」
 そしてもう1つ、開発に欠かせないのが「センス」だ。「とりわけ、"水平思考力"。モノを作るときには、必ず壁にぶつかります。そのときに1つの技術だけを追いかけていたのではダメで、いろんな視点や技術を取り込む必要がある。発想をどう転換できるかは、水平思考力にかかっています」
 では、水平思考力はどうすれば磨けるのか。「何でも観察する習慣をつけることですね。街に出たら、道行く人の服装から職業や行き先を想像してみる。野に出れば草木があって、よく見ると1年の間に大きく変化するのに気づきます。普段から何にでも好奇心を持ち、観察することで、広い視野が養われるんです」
 さらに、実戦で鍛えることも大切だという。「若いころは"アイデアノート"なんてものを作って、思いついたことを書きとめていました。大量生産品を作っている時代は何も思い浮かばなかったのが、多品種・少量生産に切り替えたら次々と浮かぶようになったんです」
 伊藤氏の座右の銘は、「諦めない」だという。壁にぶつかってもあきらめずに、猛勉強し、どうすればできるかを必死で考える。「その蓄積で引き出しが増えれば増えるほど、アイデアが浮かぶようになるんです」

 一人の技術者がすべての工程を担当。壁にぶつかる環境で、成長を促す
 人材育成にも、中小企業ならではの利点が活かされている。「製品の企画から設計、試作、実験、製造まで、大企業では分業することも、当社では一人の技術者が担当します。また、"平等主義"も当社のモットー。私や上司の指示よりも自分の考えのほうがいいと思えば堂々と主張して、認められればそのやり方を採用していいことになっています」
 それによって、責任と裁量の範囲が広がる。その環境が人を育てるのだという。「分業すると、責任を負うのは自分の担当分野だけ。でも、モノ作りにはさまざまな工程があります。トータルに関われば、毎日のようにいろいろな課題に直面することになりますから、それだけ成長も速い。経験を積めば、"ここは重要だから時間をかけよう"、"ここは効率化しても大丈夫"と、勘どころもわかってきます。結果として、技術的に安定したものを効率よく作ることができるんです」
 若手を育てるときに、伊藤氏が意識するもう1つのことがある。それは「"失敗しないようにやれ"という指導はしない」ということだ。「開発で壁にぶつかるのは当たり前。そのときに"失敗するな"といったのでは、技術者は伸びません。新しい技術は、壁を乗り越えるための試行錯誤を通じて身につくもの。それをどれだけ頭に入れたかが、われわれの価値になるなんです」
 ただしそれは、「"失敗を恐れるな"ということではない」という。「"失敗を恐れずに"というのは、"失敗してもともと"ということ。"やはり失敗だった"で、終わるかもしれない。しかし、自分で"これならいける"と信じたことを全力でやって、それでも壁に当たったら、その壁を何とか乗り越えようとする努力がついてきます。この違いは大きい。そもそも、失敗する可能性があるのにやるというのは、モノ作りでは絶対にしてはいけないことなんです」
 これら伊藤氏のこだわりを貫いているのは、冒頭でも触れたプロフェッショナルとしての哲学だ。「"お客さまは神様"という言葉は、好きではありません。われわれは、社員もみんな努力して、いい物を作っています。お客さまは、そんな当社を信頼して発注してくださり、その信頼に応えるためにさらにいい物を作る。それがあるべき関係だと思っています」
 業界内での自社のポジショニングから取引先に対する姿勢まで、すべてに揺らがない基準を持つ。そのことが、ファースト電子開発の強さの一番の秘けつなのかもしれない。
 コラム 伊藤社長の、シゴトの秘策
 Q.アイデアはどうやって発想する?
  お客さまから開発の相談を受けた瞬間に思いつきます。日ごろの蓄積がアイデアの源です。
Q.壁にぶつかったときの突破法は?
  視野を広げ、考え抜く。煮詰まると愛車のランドクルーザーで山へ。無心で走り、思考をリセットします。
Q.企業の若手リーダーにメッセージを。
  自己の成長においても、部下・後輩育成でも、個性を見つけて伸ばすことを大切にしてください。
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